ビジネス・ルールの変化

クリス・アンダーソンは、「希少経済」から「潤沢経済」への移行によって、ビジネスのルール自体が変化していると説明している。

例えば、「希少経済」では、ビジネスを行う主体(企業)が資源を管理しているので、世の中で何が求められているのか、何が最も優れているのかについては自分(企業)が最もよく理解しているというトップダウン的な立場をとる。どんな品物が売れ筋で店舗の商品棚に何を陳列すべきかは、自分が判断するという訳である。逆に言えば、自分達が認めた商品以外は陳列することがないという、「許可がない限り原則禁止」が基本姿勢だ。自分がよく分かっているという立場なので、ビジネスの進め方はトップダウンで指示する命令型である。従って、ビジネスの立ち上げ時には、他人の意見を取り入れたりせずに、自分達の内部だけで綿密にビジネスプランを精査し、ROI(投資利益率)がどの程度見込まれるのか十分に検討を重ねる。当然、製品をリリースするまでに時間がかかることになる。

これは、国を問わず、大企業の伝統的なビジネススタイルと言ってもいいだろう。企業だけではなく、政府に当てはめることもできる。IT環境が潤沢な社会に移行しているのにも気づかず、ユーザーの貴重な声を取り入れる必要性も感じないままにビジネスを進めるために、結局は行き詰まってしまう。

しかし、「潤沢経済」時代のいわゆるWeb2.0的な企業は異なるアプローチをとる。「潤沢経済」下でのビジネスは、自分(企業)ではなく、あなた(You)が最もよいものを知っているというボトムアップの立場をとる。米タイム(Time)誌が、2006年の時の人(Person of the Year)を「あなた(You)」とした話題は記憶に新しい。

ここで言うあなた(You)とは、一つにはユーザーを指す。前回述べたディグ(Digg)はその典型である。何が面白い記事なのかは、編集者が決めるのではなく、読者が投票によって選ぶ。その読者の投票の集計により、新しいディグというメディアが生まれている。私の解釈では、もう一つのあなた(You)の意味としては、他のサービスを提供する企業を指す場合もあると言えるだろう。マッシュアップ(Mashup)がその典型だ。マッシュアップとは、異なる企業が提供するウェブ上の複数のサービスを、公開されているAPI(アプリケーション・プログラム・インターフェイス)を利用して組み合わせて、新たなサービスを生み出すことだ。例えば、グーグルが提供するグーグルマップと、クラシファイド(広告)・サイトのクレイグスリスト(Craigslist)内の不動産情報をマッシュアップして、地図上に不動産の写真や価格を表示するハウジングマップス(HousingMaps)がその典型例である。このようないわゆるWeb2.0系企業は、自分で全ての情報を集めるということはない。「潤沢経済」下のビジネスは、ユーザーや他の企業などに依存する他人任せのビジネスなので、自分が全てをコントロールすることは放棄する。管理不能のビジネスである。

また、「希少経済」下のビジネスと異なり、潤沢なIT環境があるので、そのリッチなITインフラを使って何を行なうかは「禁止されない限り原則自由」という立場をとる。ユーチューブでどんな映像を流そうが、セカンドライフ(Second Life)でどんなコンテンツを作ろうが、著作権侵害などの犯罪を起こさない限りは自由という訳である。

また、「潤沢経済」下でのビジネスは、ビジネスモデルやROIの検討にそれほど時間をかけず、とりあえず製品をリリースしてみて、そのうちベストなビジネスモデルは分かるだろうという基本姿勢をとるといういわゆるベータ(β)版的なアプローチをとる。ベータ版とは、正式な製品をローンチする前に実験的に製品をリリースするもので、アーリーアダプターと呼ばれる新しもの好きなユーザーからコメントをもらい、製品の改良やデバッグを行うという手法である。いずれ正式な製品(バージョン1.0)が発表されるかと思いきや、永久にベータ版という手法をとる企業も多い。米国で誕生するウェブ系サービスのほとんどは今やベータ版であると言ってもよい。例えば、グーグルはその多くの製品をベータ版的にグーグル・ラボ (Google Labs)で公開している。また、最近では、ベータ版より手前の研究開発段階にあるアルファ(α)版をリリースしてしまう企業も増えている。アカウント発行数が限定されているベータ版やアルファ版のサービスのアカウントを入手するためのマーケットプレイス(InviteShare)も登場している。

クリス・アンダーソンの言っているビジネス・ルールの変化のキーワードをまとめると次のようになる。

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「希少経済」と「潤沢経済」

「フリー」というトレンドは、単に情報技術資源の価格が無視できるまでになったという現象を指しているだけ訳ではなく、大きな経済モデルの変化を表している。クリス・アンダーソンは、これまでの経済モデルを「希少経済(The Economy of Scarcity)」、「フリー」の時代の経済モデルを「潤沢経済(The Economy of Abundance)」と呼び、比較している。

例えば、楽曲の販売モデルで考えた場合、米国では、以前は物理的に店を構えていたタワーレコード(Tower Records)のような大手小売り業が幅を利かせていたが、今や経営破綻に至ってしまった。物理的な店構えでは、いくら大きな店舗であっても品揃えに限界はあるし、顧客は店まで足を運ばねばならない。一方で、アップル(Apple)のアイチューンズ(iTunes)に代表されるオンライン楽曲販売は、使い勝手のよいインターフェイス、ストレージに収められた膨大な楽曲、瞬時にダウンロードや転送可能な通信・転送技術に支えられ、急成長中である。現在、アイチューンズは、5億人のユーザーを抱え、1日当たり百万曲以上がダウンロードされている。これは、「フリー」の時代になって初めて可能になったビジネスモデルである。

同じような比較が、DVDレンタルのビジネスについても言える。米国では、DVDレンタルの店舗展開をしていたブロックバスター(Blockbuster)がタワーレコードと同じように経営上苦しい立場に追い込まれた。それは、ネットフリックス(Netflix)という新興企業が、潤沢なIT環境を駆使してオンラインDVD配送ビジネスを始めたためである。オンライン上の店舗には無制限の種類のDVDが並んでおり、ユーザーが好きなDVDを選べば、ほどなくDVDが郵送されてくる。ユーザーが見終わったDVDを返却すれば、その分だけまた新たなDVDを借りることができる。料金は毎月定額だ。最近では、ブロックバスターも潤沢経済のビジネスモデルに目覚め、ネットフリックスよりも若干安い月額料金でオンライン型ビジネスを始めたために、両社の競争は熾烈なものとなっている。

米最大の流通大手ウォールマート(Wal*Mart)とアマゾン(Amazon.com)の関係も、希少経済と潤沢経済とのよい比較事例である。店舗在庫に限界のあるウォールマートに対して、オンラインで広範な品揃えを持つアマゾンは、売れ筋商品(ヘッドの部分)だけでなく、それ以外のテール部分の商品の販路を開拓することになった。アマゾンは、今やロングテール・ビジネスの代名詞だ。

クリス・アンダーソンは、雑誌の編集者であるので、雑誌自身を希少経済時代のものとして取り上げている。例えば、ワイヤード誌は、どんな特集にし、どんな編集方針でどんな記事を取り上げるかは、雑誌という媒体の資源を管理する雑誌の発行者に決定権がある。一方で、米国で根強い人気を誇るニュースサイトのディグ(Digg)は、そのトップページにどんな記事を掲載するかはユーザーが決める。ディグは、ニューヨークタイムズなどのニュース、有名ブロガー(Aリスト・ブロガー)によるブログなど、ユーザーが興味深いと思った記事やエントリーに投票し合い、その投票結果の多い記事ほどディグのトップページに表示されるという仕組みである。米国の若者の中には、ニュースを見たいときには、マスメディアのサイトを見るのではなく、ディグのサイトを見て済ますという者も多い。ディグには編集長も編集者もいない。どんな記事を載せるかは大衆が決めるのである。このディグも「フリー」の時代になったからこそ生まれたサービスである。クリス・アンダーソンは、既存の雑誌のビジネスモデルに危機感を覚えているのであろう。

「フリー」の時代はユーザー主導

予め断っておくが、「フリー」というトレンドを取り上げるのは、私のオリジナルではない。これは、流行語にまでなった「ロングテール(The Long Tail)」という現象を言い当てたワイアード誌(Wired)のチーフ・エディタであるクリス・アンダーソン(Chris Anderson)が2008年に出版する書名のタイトルである。

「ロングテール」と「フリー」という概念には関連性がある。クリス・アンダーソンによれば、「フリー」というのは、情報技術の資源当たりの価格が無料(フリー)に近くなったので、資源が有限だったこれまでの時代では取り扱えなかったような商品まで消費者に届けることができるようになり、ロングテール現象を生み出したという訳である。クリス・アンダーソンが、米国メイン州の港町キャムデン(Camden)で毎秋開催されているポップテック2006(Poptech2006)というイベントでプレゼンした内容をベースに、具体的な事例を交えながら解説しよう。

情報技術の資源当たりの価格が「フリー」に近くなった例として、半導体、ストレージ(記憶装置)、帯域幅(Bandwidth)がある。ムーアの法則により、半導体の集積度は上がる一方であり、メモリーであれば1ビット当たりの半導体の価格はどんどん「フリー」に近づきつつある。このような半導体の価格低下を背景に、これまでPCのインターフェイスは、コマンドライン方式の簡素なものであったが、今では、動画や音声なども伴うリッチなユーザー・インターフェイスが可能となっている。以前は、半導体の容量に限度があったため、メモリーにどんなプログラムを常駐させるか、画面に何を表示するかといった制約があり、ユーザーに選択肢が殆どなかったが、今では潤沢な半導体を利用して、ユーザーが好きなコンテンツを画面に表示することができる。

ストレージもコモディティ化しており、1バイト当たりの価格も「フリー」に近づいている。グーグルが提供している電子メールサービスであるジーメイル(Gmail)は、無料で2.8Gバイトものストレージを各ユーザーに提供する。2007年4月にサンフランシスコで開催されたWeb2.0EXPOにおいて、グーグルのエンタープライズ部門の社員が解説していたところによれば、これからの電子メールの管理は、構造化されたデータ(Structured Data)よりも、非構造化されたデータ(Unstructured Data)を如何に取り扱うことができるかがポイントであると述べた。彼は、よい例として、IBMのロータス・ノーツ(Lotus Notes)やマイクロソフトのアウトルック(Outlook)と、ジーメールを比較して取り上げた。ノーツやアウトルックでは、受信したメールをユーザーがフォルダーに分類整理することが前提となっているが、ジーメールにはフォルダーはない。過去のメールを探したい場合には、強力なグーグルの検索エンジンを利用すればよいので、受信したメールを悩みながらフォルダーに分類する必要はないという訳である。また、会社によっては、保存した電子メールの総容量が一定水準を超えると、削除するかローカルなハードディスクに移管することを余儀なくされる。ディスクの容量を管理している人の立場が強く、従うしかない。しかし、ジーメールの場合には、ストレージの価格は「フリー」に近く、容量は十二分に大きいので、構造化されていないメールという情報は、とりあえず溜めて、後で検索すればいいという発想である。もちろん、ユーザーの判断で不要なメールは捨ててもいい。

資源としての電波は有限である。だから、例えば、テレビ局はどんな放送をいつ放映するかという強力な決定権を持つ。しかし、ユーチューブのように電波の帯域幅にとらわれないサービスが出てくると、映像を流す権利を独占する必要はなく、ユーザーが自分で作成したコンテンツ(UGC: User Generated Content)を自分自身で自由に流せるような環境が出来てしまう。これは、電波の既得権に安住していた人たちから見れば、想像もし得なかった経済モデルであり、脅威だ。

このように、情報技術の資源が「フリー」になると、限られた資源を管理する人が主導権を握る時代が終焉を迎え、ユーザーが主導権を握ることになる。

オフラインでも「ダイレクト」

当たり前のことだが、ユーザーがネットと「ダイレクト」につながるのは、オンライン環境の場合だ。でも、今から飛行機に搭乗しなければならないときなど、何らかの事情で一時的にオフラインになってしまう場合に、折角の「ダイレクト」な関係が白紙になってしまったら、ユーザーもネット側も困ってしまう。オンラインの状態からオフラインになっても、ユーザーが使っているアプリケーションには変化はないシームレスな関係が望まれるところだろう。

米国でエマージング・テクノロジー(Emerging Technology、革新的な新興技術)を披露する場として定評のあるデモ(DEMO)というイベントがある。2007年1月のDEMOにおいて、アドビ・システムズ(Adobe Systems)が研究中のアポロ(Apollo)と呼ばれる新たな開発環境を披露するデモが行われた。そのデモでは、米最大のオークションサイトであるイーベイ専用のアプリケーションが紹介された。普通、イーベイを利用する人は、ブラウザを起動させてブックマークしていたイーベイのサイトに飛ぶのが普通だが、アポロを使うとPCのデスクトップ上にイーベイ専用のアイコンが現れ、それをクリックするだけでイーベイ専用のアプリケーションが起動する。デモでは、任天堂ウィー(Wii)をオークションで競り落とす実演が行われた。そこで、PCをオフラインにした状態で、DEMOの入場者パスを出品する作業が行われた。これまでのブラウザであれば、オフライン環境になった状態で、出品する物の写真をアップしようとすると、「サーバーが接続されていません(Server not found)」などの表示が出ることになるが、アポロを利用して作られたこのアプリケーションは、オンラインかオフラインかの違いを感じさせない。このアポロは、HTML、JavaScript、AjaxやFlashなどの既存のWeb技術を用いて開発できる環境であり、WindowsやMac OSでも稼働するクロス・オペレーティングシステム対応である。2007年6月にエアー(AIR: Adobe Integrated Runtime)という正式名称になったが、まだアドビ・ラボで開発中である。2007年内に正式にリリースされる予定だ。

ユーザーとコンテンツを「ダイレクト」に結ぶウィジェットをこのアポロを活用して、オンライン、オフラインでも利用できるプラットフォームも開発されている。サンディエゴにあるグーウィー・メディア(goowy media)からリリースされているユアーミニズ(yourminis)がそれだ。ユアーミニズを使うと、オンライン環境下でのウィジェット、オフラインのローカル環境下でのデスクトップ・ウィジェット、ブログ用のウィジェットがシームレスに利用できる。ブラウザで利用していたウィジェットをデスクトップに簡単に移動することができる。

別の機会で書きたいが、エンタープライズ分野では、「ソフトウェアかサービスか」というような選択的意見や「ソフトウェア・プラス・サービス」のような複合的意見がある。いずれにせよ、ユーザーが、オフラインか、オンラインか意識せずに、ネットと「ダイレクト」につながる環境は今後のトレンドになるだろう。

パーソナライズド・スタートページで囲い込み

ユーザーがネット接続した場合に必ず見るのがスタートベージ(ホームページ、フェイスページ)である。スタートベージとしてどのページを設定してもらうか、スタートベージをパーソナライズ(カスタマイズ)し、どんな情報を貼ってもらうかという問題に、ネット業界は凌ぎを削る。それは、パーソナライズ・スタートベージは、ユーザーとネットを「ダイレクト」に結ぶ最初の入り口になるからだ。マーケティング上、商店街の入り口に看板を出させてもらえるかどうかは、顧客の呼び込みに大きく影響する。

米国では、若者を中心に、グーグルやヤフーをスタートベージにするのではなく、SNSのマイスペースやフェイスブックをスタートベージにする人も多い。であれば、前に書いたように、フェイスブックにどんなウィジェットを貼ってもらうかという競争が生じる。

グーグルもユーザーの囲い込みに余念がない。グーグルのロゴと検索窓から構成されるグーグルのシンプルなスタートページをユーザーが自由にカスタマイズする環境をアイ・グーグル(iGoogle)と呼んで提供している。壁紙にいくつかのテーマが設定でき、グーグルが提供する数多くのグーグル・ガジェット(Google Gadget、グーグルはウィジェットをガジェットと呼ぶ)をユーザーが自由にスタートベージに貼付けることができる。天気予報や株式情報に始まり、ニュース、ブログの記事一覧、ユーチューブの人気ランキング、ゲームなど、グーグル自身だけでなく第三者が開発したガジェットを自由に選び配置することができる。以前から、グーグルは、グーグル・デスクトップ(Google Desktop)と呼ばれるソフトウェアを無料配布し、ユーザーのローカルな環境の検索を可能にするだけでなく、ブラウザとは別にユーザーのPCの脇にガジェットを自由に配置する機能を提供していた。アイ・グーグルは、特別なソフトウェアのインストールなしにブラウザだけでパーソナライズする環境であり、スタートベージに好きなガジェットを貼って、ユーザーとユーザーが好むコンテンツを「ダイレクト」に結ぶのである。

スタートベージのカスタマイズを専業に行うサービスも人気を呼んでいる。フランス生まれのネットヴァイブス(netvibes)は、150カ国以上で1000万人以上ものユーザーが支持を得ている。ネットヴァイブスのページに行くと、天気予報、ニュース、ブログ、電子メールの受信状況、SNS、検索エンジン、インスタント・メッセンジャー、写真、ビデオ、ポッドキャストなどを配信する小さなウィンドウばかりが並んだ画面が現れるが、ユーザーはごく簡単にこれらの情報を並び替えたり、内容を入れ替えたりして、自分だけのスタートページを作成できる。

ドイツ生まれのページフレークス(Pageflakes)もネットヴァイブスと同様のサービスであり、ユーザーが自由に情報の断片(フレーク)を選択し、並び替えることができる。ページフレークスの場合には、最初にユーザーが興味のある分野(旅行、金融、テクノロジーなど)をいくつか選ぶことで、ページフレークスの方で自動的におすすめパーソナライズ・スタートページを提供してくれる点が、ユーザーに優しい設計になっている。また、2007年7月に、ページフレークスにソーシャルネットワークの機能が追加された。ユーザーのプロフィールページから共通の興味や興味を持つ他のユーザーとつながる。パーソナライズド・スタートページとSNSとの間で、ユーザーとの「ダイレクト」な関係の奪い合いが始まった。

特定の世代を狙ったサービスも登場した。ニューヨークを拠点とするグローバル・グリンド(GlobalGrind)は、ヒップホップ世代をターゲットにパーソナライズド・スタートページをリリースしている(2007年7月現在、α版)。スポーツ、ゴシップなど若者のプリファレンスに合わせている。

ユーザー・エンパワーメントの時代の流れをつかみ、ユーザーとユーザーが好むコンテンツを「ダイレクト」につなぐパーソナライズのためのプラットフォームはますます進化を遂げるだろう。

米国で最もホットなウィジェット(続)

ウィジェットは、コンテンツとユーザーを「ダイレクト」に結ぶだけでなく、ユーザーをディストリビューター(配信する人)に変えてしまうことができる。アマゾン(Amazon.com)が提供するエクスプレス・ユアセルフ・ウィジェット(Express Yourself Widget)を利用してユーザーが自分の気に入った音楽のリストを自分のブログやSNSに載せれば、それを見た別のユーザーがクリックして、楽曲の購入につながるかもしれない。大手出版社のランダムハウスのウィジェットを貼っているユーザーは、新刊を発売する同社のオンラインサイトへウィジェットをクリックしたユーザーを誘導するナビゲーターにもなり得る。調査会社コムスコアの発表によれば、2007年4月だけで、人気のあるウィジェットのユニーク・ビジター数は1億人にも上っており(スライド(Slide)1.2億人、ロックユー(RockYou)0.8億人)、ウィジェットはコンテンツのキラー・ディストリビューション・ツールになりつつある。

このようにウィジェットがビジネス界でも注目され始めれば、ウィジェットに関するプラットフォーム環境を提供する企業も登場する。ウィジェットを開発し、SNSやブログにウィジェットを貼る簡単なツールを提供するだけでなく、ウィジェット掲載後のトラフィックの分析やマネタイズ(収入を得る)を可能とする基盤的技術を提供するものである。クリアスプリング(clearspring)、ウィジェットボックス(widgetbox)、フリーウェブズ(Freewebs)といった企業がウィジェットを管理するプラットフォーム環境を提供している。2007年7月時点で、クリアスプリングの環境を利用して提供されたウィジェットは65億個にも上る。米アップルが2007年中にリリースするとされている次期MacOSX(コードネーム:レオパード)には、ウェブ上のコンテンツをユーザーが簡単にウィジェット化するツールを組み込んでいる。つくづく感じることであるが、米国企業はこのようなプラットフォーム環境を提供するのが本当にうまい。気づいたときにはデファクトになっており、プラットフォームのユーザーから直接的、間接的に相当の利益を吸い上げるのである。

さらに、ウィジェットが金になることを嗅ぎ取ったウィジェット開発企業やウィジェット・プラットフォーム提供企業は、2007年7月にニューヨークにおいて開催された「ウィジェット・コン2007(WidgetCon 2007)」というイベントにおいて、ウィジェット・マーケティング・アソシエーション(WMA: Widget Marketing Association)という業界団体を設立した。フリーウェブズ、クリアスプリング、コムスコア、ロックユーなどが名を連ねている。この団体では、ウィジェット関連技術の標準化や、ウィジェットへの広告挿入の問題などを取り上げて、ウィジェット業界を利益を生み出す業界へと成長させていくことを目的としている。果たして、日本では、ブログパーツと呼ばれる以上の発展があり得るのだろうか。

米国で最もホットなウィジェット

今、米国で最もホットな話題と言えば、ウィジェット(Widget)であろう。ウィジェットは、ガジェット(Gadget)と呼ばれることもあるが、日本では主にブログ・パーツと呼ぶ人が多い。しかし、ウィジェットは、ブログだけでなく、PCのデスクトップ(Windows VISTAやMacのユーザーにはお馴染み)、SNS、インターネット対応のTV、また米国で発売されているiPhoneにも搭載されるソフトウェアである。

このウィジェットもユーザーとネットを「ダイレクト」に結ぶテクノロジーである。ウィジェットの中には、例えば、計算機や電子辞書などオフライン環境だけで利用可能な小道具的ツールもあるが、ネットからの情報を加工して小さなウィンドウで見せるオンライン環境で利用できるウィジェットが注目されている。

天気予報やオンラインゲームのようなエンターテイメント系のウィジェットを例にとると、何だかお遊び的な要素が強くなるが、米国ではウィジェットはウォールストリート・ジャーナルやビジネス・ウィークなどでも注目されているテクノロジーである。

ウィジェットが急速に注目され始めたのは、米国のSNSであるフェイスブック(Facebook)が、2007年5月、ウィジェットの開発者に向けてフェイスブックの環境をオープンにすると宣言したのが契機となっている。フェイスブックは、学生など若者を中心に人気が急上昇中のSNSであり、ウィジェットに対してオープンな立場をとっていない米国最大のSNSであるマイスペース(MySpace)と立場を異にしている面からも話題を呼んでいる。

具体的にどんなウィジェットがあるのかと言えば、フェイスブックが公表している人気ランキングによれば、トップフレンズ(Top Friends)、アイライク(iLike)というウィジェットがランキングされている。トップフレンズは、SNSのユーザーが自分の友達をスライドショー形式で見せるものであり、アイライクは、自分のお気に入りの楽曲のリストを表示する。このようにSNSでは、ウィジェットは自己表現のツールとして利用されているが、例えば、あるSNSユーザーのページを見に来た人が、そのページの脇に貼ってあるアイライクにリストアップされている楽曲に興味を示し、曲をクリックすると曲を実際に視聴したり、曲の購入サイトに飛んだりすることができる。ユーザーからすれば、SNS上の友達の趣味や嗜好をより深く理解できるし、音楽のマーケッター達からすれば、あらたに顧客を開拓しうる重要なツールとなる。

米国のビジネス界では、「ヴァイラル・マーケティング」(Viral Marketing、口コミによる市場開拓)の重要な手法としてウィジェットが注目されている。これまでは、ウェブでビジネスを行う企業は、リッチなコンテンツから構成されるホームページを作るなどして顧客が集まってくるのを待っていたが、これからはSNSのように沢山の人が集まっている場所へ出向いてウィジェットの形で情報を見せ、口コミによる話題を形成しないと生き残れないという訳である。フィードと同様に、ユーザーにウィジェットの存在を認識してもらうにはノウハウが必要だが、一旦、ユーザーがウィジェットを貼付けてくれれば、それだけで潜在的な顧客と「ダイレクト」な関係が構築できたようなものである。

ユーザーとネットをダイレクトに結ぶ、フィード

まず、初めに取り上げたい破壊的トレンドは、「ダイレクト(Direct)」である。これは、ユーザーがネットの中の情報と直接(ダイレクト)つながることを好み、また、ネット側もユーザーと直につながることを求めている時代の流れを表現した言葉である。

ブログやニュース系サイトなどで「RSS」、「ATOM」などと書かれた小さなボタンをご覧になったことがあるだろう。これがフィード(Feed)と呼ばれる「ダイレクト」なテクノロジーである。一般的には、フィードはサイトの更新情報を配信する技術だと解説されている。ユーザーがあちらこちらのサイトをいちいち見て回らなくても、予めフィード情報をフィード・リーダーと呼ばれるソフトウェアに登録しておけば、それらのサイトの更新情報だけを自動的にユーザーに直接届けてくれる技術である。フィード・リーダーは、コンピュータにインストールするタイプのソフトウェアもあるが、ウェブベースのフィード・リーダーやフィードを読むことのできるブラウザを使えば、世界中どこのコンピュータからでも、自分が登録したフィードによる情報だけを読むことが可能である。米国では、グーグル・リーダー(Google Reader)、ブログラインズ(Bloglines)が、フィード・リーダーとしてよく利用されている。フィードは、日本では、若手エンジニアの人たちの間ではある程度ポピュラーな技術になっているが、米国に比べると普通のビジネスマンで利用している人はまだまだ少ない。

フィードは、複数のサイトの更新情報を集めてくるというだけでなく、更新されたら直ちに配信してくれる点にも特徴がある。通常、自分が探している情報がネット上のどこにあるのか分からない場合には、文字通り「検索」することになる。グーグルにしろ、ヤフーにしろ、検索窓に検索のキーワード(クエリー)を入力して、結果を求めるのは非常に便利ではある。また、検索技術は、いくら時間が経過しても情報を探し出せ再利用できるツールであるという点では素晴らしい。しかし、自分の探している情報が検索エンジン・ロボットの巡回に見つからないとどうしようもない。特に、鮮度の高い情報は、直ぐには検索で引っ掛けることができない場合がある。しかし、一旦、フィードを登録しておきさえすれば、サイトが更新されれば直ちにユーザーのところに情報が配信される。

このフィードは、マーケティングの視点から極めて注目すべきテクノロジーである。なにせ、ユーザーが一旦フィード情報を登録すれば、ユーザーがサイトを訪問するのを待たなくとも、ユーザーに直接、鮮度の高い情報を届けることができるのである。このユーザーのロックイン効果が、「ダイレクト」のトレンドの本質であると思う。マーケッター達は、いかにしてユーザーにフィードを登録してもらおうかと躍起になるし、また、どういうフィードが、どんな人たちに、どのようにして読まれているのかという情報は喉から手が出るほど知りたい情報となる。

そこで、フィードの配信を容易にし、かつ、フィード情報のトラッキングを解析するようなプラットフォーム技術が必要となってくる。グーグルが1億ドルで買収したフィードバーナー(FeedBurner)という企業が、このようなプラットフォームを提供している。フィードバーナーは、ブログやポッドキャストの情報を、どんなフィード・リーダーでも読めるように配信するだけでなく、フィード情報を「ダイレクト」に読んでくれるユーザーの層を広げることができるテクノロジーを提供している。グーグルが、フィードバーナーを買収したことで、グーグル・アドセンス(Google Adsense)を利用しているユーザーは、これまでより以上に顧客層を広げることができると言われている。グーグルは、ユーザーに「ダイレクト」に情報を届けるフィードのテクノロジーを手中に入れたのである。

また、フィード情報を自由自在に加工して、自分なりのフィード情報を容易に生成するプラットフォーム技術も注目を浴びている。その代表格がヤフー(Yahoo)のパイプス(Pipes)である。例えば、米ニューヨークタイムス(New York Times)の記事の中で、ユーチューブ(YouTube)の映像を利用している記事だけを読みたいというユーザーが入れば、このヤフー・パイプスを利用すると簡単に自分のニーズに合致するフィードを生成することができる。ヤフー・パイプスは、あたかも、ニューヨークタイムスから配信されるフィード情報がパイプの中を通り抜ける際に、ユーチューブの映像だけを取り出すフィルターを途中に設置することで、求める情報がパイプの出口から吐き出されるような視覚的なインターフェイスになっている。

このヤフー・パイプスを使えば、ユーザーは、自分のところに流れてくる情報を自分流にカスタマイズすることが可能となる。つまり、個々のユーザー毎にお好みの情報の選択権が与えられることになる。まさに、ユーザー・エンパワーメントの時代に相応しいテクノロジーである。そして、自分向けにカスタマイズした情報の流れを一旦生成してしまえば、そのユーザーは、自分のプリファレンスにぴったりの情報にロックインされ、他の情報にあまり目を向けなくなってしまう。フィードは、マーケッター達からすれば、脅威でもあり、チャンスでもあるテクノロジーである。

10の破壊的トレンド

ビジネス・ウィーク誌が取り上げた今日的な破壊的イノベーションの事例はそれぞれ確かにそう思わせるものばかりである。しかし、個々の新しい技術やビジネスモデルだけに注目しても、時代の変化を示唆する大きな潮流(トレンド)は分かっているようで、つかみきれていない場合が多い。また、一見、全く異なるテクノロジーだと思われているものが、実は、同じトレンドの中の現象として捉え直すと、より理解が深まるにも関わらず、気づかれないままになっている場合もある。

毎日、ニュースやブログを流れる膨大な情報だけを流し見ているだけでは、情報オタクには成り得ても、その情報が持つ価値を十分に捉えきれない場合がある。しかし、あるトレンドの存在を仮説として置きながら、多くの情報を定点観測的に見続けて行くと、個々の情報が時代の変化の中でどういう位置づけを持つものなのかが見えてくると私は思っている。

また、技術やビジネスモデルのイノベーションは、それら自体が単体で生きながらえるものではなく、それらを利用する人(ユーザー、消費者)のプリファレンス(preference)に支えられている。ビジネス・ウィーク誌も破壊的イノベーションとして取り上げた「セカンドライフ(Second Life)を開発している米国のリンデンラボ(Linden Lab)社のCEOであるフィリップ・ローズデール(Philip Rosedale)は、2003年にセカンドライフを発表する以前にも、仮想世界のサービスを展開しようとベンチャー・キャピタリストに提案している。しかし、仮想世界というアイデアは陳腐なものだし、当時の半導体やネットワークのテクノロジーのレベルではユーザーを満足させられるほどのパフォーマンスを出せなかった。つまりユーザーのプリファレンスを満足させることができなかったのである。現在では、ITを支える半導体のスピードや容量、ブロードバンド回線速度やバンド幅が潤沢になり、ユーザーのプリファレンスを満足し得る環境になってきた。ユーザーは自由に自己表現を行い、見知らぬ人とネットワークを介してつながり、短時間で膨大な知識を身につけることが可能となった。ユーザーのプリファレンスを満足できるほどにテクノロジーが進化したことで、ユーザー主導(ユーザー・エンパワーメント)を前提としたサービスが次々と登場している。

そこで、私は、数多くの破壊的なイノベーションの登場とその背景にあるユーザー・エンパワーメントの時代変化を「破壊的トレンド」として捉えて見たい。
いくつかの破壊的なトレンドのキーワードを仮説として立て、その中で米国のIT系のテクノロジーの事例をできるだけ紹介することで、仮説的に立てた破壊的トレンドのキーワードを検証していきたい。

個々の破壊的トレンドの解説は、事例の紹介とともに追々行うとして、まずは次の10のキーワードを破壊的トレンドとして仮置きしたい。

「ダイレクト(Direct)」

「フリー(Free)」

「クラウドソーシング(Crowdsourcing)」

「プレゼンス(Presence)」

「ウェブオリエンテッド(Web-Oriented)」

「ヴァーチャル&リアル(Virtual and Real)」

「ビデオ(Video)」

「ユーザー・インターフェイス(User Interface)」

「サーチ(Search)」

「セマンティック・テクノロジー(Semantic Technology)」

の10のキーワードである。

数ヶ月かけて解説していくつもりであるが、その途中で仮置きしたキーワードを置き換える場合もあるので、その際はご容赦願いたい。

ビジネス・ウィーク流の破壊的イノベーション

イノベーションの創造に関して鋭い洞察力を持つ識者の一人は、米ハーバード大学ビジネススクールのクレイトン・クリステンセン教授(Clayton Christensen)であろう。本年6月、米大手ビジネス雑誌のビジネス・ウィーク(Business Week)では、1997年にクリステンセン教授が発表したベストセラー書である「イノベーションのジレンマ 〜技術確信が巨大企業を滅ぼすとき〜(”The Innovator’s Dilemma –When New Technologies Cause Great Firms to Fail”)」で示された視点は、10年経った今でも有効であるとしている。

同書は、顧客の意見に熱心に耳を傾け、新技術への投資を積極的に行い、常に高品質の製品やサービスを提供している優良企業が、その優れた経営のために失敗を招きトップの地位を失ってしまうという逆説的な内容で、ビジネス界でも話題になった。市場を一新するほどの破壊的な技術が、市場と企業の序列を変えてしまうことを示したのである。ビジネス・ウィーク誌は、「イノベーションのジレンマ」で取り上げられたディスク・ドライブや掘削機などの技術は、今日では破壊的技術と言われてもピンと来ないだろうが、もし、同書を今書き直すとしたら過去10年間を振り返って、こんな技術を取り上げたいとしている。

トヨタのプリウス(1997年)、グーグル(1998年)、ブラックベリー(BlackBerry、米ビジネスマン愛好の携帯情報端末)(1999年)、ミニッツ・クリニック(米ドラッグストアCVSが買収したウォークイン・クリニック)(2000年)、iPod(2001年)、セカンドライフ(Second Life)(2002年)、スカイプ(Skype)(2003年)、フェイス・ブック(Facebook、米若手学生などに人気のSNS)(2004年)、ユーチューブ(YouTube)(2005年)、任天堂Wii(2006年)という10のイノベーションを現代での破壊的イノベーションとして紹介している。