「希少経済」と「潤沢経済」

「フリー」というトレンドは、単に情報技術資源の価格が無視できるまでになったという現象を指しているだけ訳ではなく、大きな経済モデルの変化を表している。クリス・アンダーソンは、これまでの経済モデルを「希少経済(The Economy of Scarcity)」、「フリー」の時代の経済モデルを「潤沢経済(The Economy of Abundance)」と呼び、比較している。

例えば、楽曲の販売モデルで考えた場合、米国では、以前は物理的に店を構えていたタワーレコード(Tower Records)のような大手小売り業が幅を利かせていたが、今や経営破綻に至ってしまった。物理的な店構えでは、いくら大きな店舗であっても品揃えに限界はあるし、顧客は店まで足を運ばねばならない。一方で、アップル(Apple)のアイチューンズ(iTunes)に代表されるオンライン楽曲販売は、使い勝手のよいインターフェイス、ストレージに収められた膨大な楽曲、瞬時にダウンロードや転送可能な通信・転送技術に支えられ、急成長中である。現在、アイチューンズは、5億人のユーザーを抱え、1日当たり百万曲以上がダウンロードされている。これは、「フリー」の時代になって初めて可能になったビジネスモデルである。

同じような比較が、DVDレンタルのビジネスについても言える。米国では、DVDレンタルの店舗展開をしていたブロックバスター(Blockbuster)がタワーレコードと同じように経営上苦しい立場に追い込まれた。それは、ネットフリックス(Netflix)という新興企業が、潤沢なIT環境を駆使してオンラインDVD配送ビジネスを始めたためである。オンライン上の店舗には無制限の種類のDVDが並んでおり、ユーザーが好きなDVDを選べば、ほどなくDVDが郵送されてくる。ユーザーが見終わったDVDを返却すれば、その分だけまた新たなDVDを借りることができる。料金は毎月定額だ。最近では、ブロックバスターも潤沢経済のビジネスモデルに目覚め、ネットフリックスよりも若干安い月額料金でオンライン型ビジネスを始めたために、両社の競争は熾烈なものとなっている。

米最大の流通大手ウォールマート(Wal*Mart)とアマゾン(Amazon.com)の関係も、希少経済と潤沢経済とのよい比較事例である。店舗在庫に限界のあるウォールマートに対して、オンラインで広範な品揃えを持つアマゾンは、売れ筋商品(ヘッドの部分)だけでなく、それ以外のテール部分の商品の販路を開拓することになった。アマゾンは、今やロングテール・ビジネスの代名詞だ。

クリス・アンダーソンは、雑誌の編集者であるので、雑誌自身を希少経済時代のものとして取り上げている。例えば、ワイヤード誌は、どんな特集にし、どんな編集方針でどんな記事を取り上げるかは、雑誌という媒体の資源を管理する雑誌の発行者に決定権がある。一方で、米国で根強い人気を誇るニュースサイトのディグ(Digg)は、そのトップページにどんな記事を掲載するかはユーザーが決める。ディグは、ニューヨークタイムズなどのニュース、有名ブロガー(Aリスト・ブロガー)によるブログなど、ユーザーが興味深いと思った記事やエントリーに投票し合い、その投票結果の多い記事ほどディグのトップページに表示されるという仕組みである。米国の若者の中には、ニュースを見たいときには、マスメディアのサイトを見るのではなく、ディグのサイトを見て済ますという者も多い。ディグには編集長も編集者もいない。どんな記事を載せるかは大衆が決めるのである。このディグも「フリー」の時代になったからこそ生まれたサービスである。クリス・アンダーソンは、既存の雑誌のビジネスモデルに危機感を覚えているのであろう。

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