現実と仮想の融合、拡張現実感(AR)

東京やニューヨークのような大都市ならともかく、地球上のあらゆる場所を360度方向から撮影して、ストリート・マッピングに利用することは大変な時間とコストを伴う。しかし、ユーザーが撮った写真を集めて合成し、3D写真を生成することが簡単になれば、近い将来、UGC(ユーザー生成コンテンツ)から自動合成された3D空間を楽しめる日が来るかもしれない。

マイクロソフトのフォトシンス(Photosynth)は、ある場所を様々な角度から撮影した多数の写真を収集、解析し、それらの内容の同一性を分析して、3D写真として再構成するテクノロジーを持つプラットフォームである。出来上がった3D写真は、どんな角度から眺めてもリアルであり、またズームインも容易にできる。フォトシンスは、マイクロソフトとワシントン大学との共同開発によるサービスで、ウェブ上で類似の写真を探す機能も開発中であるという。

CG(コンピュータ・グラフィクス)で生成されたコンテンツでなく、3D写真を利用すれば、コンピュータの中でますます現実に近い画像を利用することができるようになる。これは、従来、バーチャルリアリティ(仮想現実)と呼ばれていた技術の発展系と見てもいいだろう。

一方で、現実世界の空間を生かして、その上にコンピュータで生成された情報を重ね合わせる技術(AR: Augmented Reality、拡張現実感)の研究も進行中である。ARは、通常、透過型のヘッドマウンテッド・ディスプレイを眼前に装着し、現実に見えている風景にコンピュータで生成された文字や画像などの情報(アノテーション)を重ね合わせて表示する技術である。

ARは、戦場の様子に敵兵の状態を重ね合わせて表示することで軍事訓練に利用したり、医者が手術の際に、患者の身体情報や患部の以前の映像などを重ね合わて利用することが想定されている。

セカンドライフのように仮想世界でアバターどうしがインタラクティブな関係を持つことが社会的に話題になっているが、現実世界の空間にアノテーションとしてアバターを重ね合わせるARの研究が進んでいる。これは、米ジョージア工科大学で行われているファシード(Façade)と呼ばれる研究プロジェクトであり、現実世界でアバターどうしが繰り広げるドラマを試行的に製作している。トリップ(Trip)とグレース(Grace)という二人のアバター役になるユーザーは、ヘッドマウンテッド・ディスプレイを装着して、ジェスチャーや会話をしながら 現実の部屋を歩き回るというものだ。

ARは、災害現場、生産現場、教育現場など、広く応用の可能性があるテクノロジーであり、今後の発展が楽しみだ。

リアルな現実世界をネットで配信

グーグル・アース(Google Earth)はいつも驚きを伴うサービスを提供してくれる。世界中どこの場所でも水平、垂直、傾斜など自由自在な方向から詳細な衛星航空写真や建造物の3Dモデルを見ることができる。グーグル・アースのデータフォーマットであるKMLファイルを用いて、自宅への道順を空から動く案内図で示すこともできる。

2007年8月には、グーグル・アース上のあらゆる地点から眺めた星空を見る機能(Viewing Sky)が追加された。星座の形をマッピングしたり、ハッブル望遠鏡による写真を見たりと、星空観察を楽しめる。星座早見盤であれこれ想像するのも楽しいが、南半球など自分の土地以外の場所からの星空をリアルに見ることができるのは、科学研究にも最適だ。

そして、グーグルは、グーグル・アースの新たな機能にフライトシミュレータも加えた。まだ日本の空港は登録されていないが、ニューヨークのJFK空港など世界27の有名空港から、F16戦闘機又はSR22プロペラ機でリアルなフライトを楽しめる。極めてリアルに出てくる映像はグーグルのサーバーから送られてくるストリーミングであり、これまでのフライトシミュレータ・ソフトウェアの常識を変えてくれる。

グーグル・アースのように、写真情報など地理的なリアルの情報を用いて、それに道順や案内情報などのデジタル情報を組み合わせて提供することで、仮想ではありながら、現実世界を映し出すサービス競争が加熱している。

老舗のグーグル・マップ(Google Maps)でも、大都市圏であれば、ストリート・ビューで360度方向の風景写真を表示でき、道に沿ってマウスのボタンを押せば、あたかも自分が街を散策しているかのように景色が変化する。これは、車の天井にポイント・グレイ・リサーチ(Point Grey Research)のCCDカメラを6個持つ球面撮影対応のデジタルカメラを乗せて、全米各地で写真撮影しているので可能になったサービスだ。マイクロソフトもウィンドウズ・ライブ・ローカル向けに同様の360度方向写真を貯め取り、グーグルの向こうを張っている。

2Dの写真を組み合わせて3D写真のようにさらにリアルな現実世界をコンピュータ上に再現する技術も進みつつある。米マサチューセッツ州のエヴリスケープ(EveryScape)は、サンフランシスコ市の中心地であるユニオンスクエアー周辺の3D写真を試行的に公開している。正式なサービス展開は、2007年秋の予定であり、ボストン、ニューヨーク、シアトルなどの他の都市のマップも準備中である。

ベルリン発のマップ・ムーヴィン360(map.movin360)は、ベルリン市内を360度方向から撮影した動画を表示するサービスであり、欧州で開催されたグーグルのデベロッパーズ・デイで紹介された。非常に限定的な地理情報だけであるが、仮想的に現実世界をリアルに体験できるサービスである。

3Dプリンターで仮想世界を現実のものに

仮想世界と現実世界の橋渡しは、仮想通貨と現実通貨の交換だけではない。仮想世界のアバターと、現実世界の人や人形などとをリアルな形で変換するサービスもある。先に紹介したウェブキンズ(webkinz)も、自分の買ったぬいぐるみを仮想世界のアバターに置き換えて遊ぶことができる。

エンターテイメント分野であるが、ファブジェクトリー(Fabjectory)が提供しているサービスはユニークである。任天堂Wiiのゲーム内で利用する自分専用のアバターMiiのキャラクターやセカンドライフ内のアバターを現実世界の人形にして提供している。Mii
人形の場合は、3インチのもので50ドル、5インチのもので100ドル。セカンドライフのアバターはやや形が込み入っているので、複雑さに応じて1体99から200ドルで販売している。自分の気に入ったアバターを人形にして手元に置きたいというユーザーには魅力的であろう。

最近、ネット系企業の社員の間では、ロンドン発のMOOミニカード(100枚で19.99ドル)と呼ばれる小さな縦長の名刺が人気を博している。ミニカードの裏には、セカンドライフやハボ(Habbo)の自分のアバターやフリッカー(Flickr)の写真などを印刷することができる。セカンドライフの中ではアバターに実際に触れることはできないが、名刺にすれば現実世界で身近なものになるので、MOOのミニカードを作りたいというユーザー心理が働くのだろう。同じ意味で、アバターを現実世界の人形にして身近に飾りたいというユーザー心理も理解できる。

ファブジェクトリーが人形製作に利用しているのは、米Zコーポレーション(Z Corporation)の3Dプリンターである。コンピュータ上の設計データを入力すれば、かなり複雑な立体構造物であっても、1-4時間ほどで出力することができる。設計データを遠隔地に送れば、3Dファクスとしても利用できる。

3Dプリンターの原理はこうだ。まず、プラスチック・パウダーと接着剤をプリンターヘッドに添加し、立体構造物の断面の形状に合わせて、紫外線又はレーザー光を液体樹脂の中で照射し、100分の3インチほどの薄いプラスチックの膜を形成する。その膜を移動式プレートの上に置いて、また同様のプロセスで膜を形成する。どんどん薄い膜を重ね合わせていき、立体構造物をプリントするのである。フルカラーで着色することも可能だ。

この3Dプリンターの代表的メーカーは、3Dシステムズ(3D Systems)、ストラタシス(Stratasys)と米企業が占める。以前は1台10万ドル以上もの高価格であったが、最近では1万5千ドル程度までに下がってきた。数年後には、小規模な会社にも街角のコピーセンターにも3Dプリンターが設置されるのではないかと期待される。

実際に、米デスクトップ・ファクトリー(Desktop Factory)は、2007年中に4,995ドルの3Dプリンターを発売するという。同社の会長であるビル・グロス(Bill Gross)は、ハロゲンランプを用いてナイロン粉を溶かすようにすれば、4年後には1000ドル近くにまで価格を下げられるという。老舗の3Dシステムズも低価格戦争に挑み、本年中に9,900ドルの商品を販売し、3〜5年以内には2,000ドル以下にまでしたいという。

今では、オフィスの部屋毎に一台のカラープリンターが置かれ、家庭でもプリンターで写真を印刷する時代だ。DTP(デスクトップパブリッシング)という言葉も今では耳にしなくなったが、まもなく、デスクトップ3Dパブリッシングが仮想と現実をつなぐ身近なテクノロジーになるだろう。

デジタル・ネイティブ世代に訴求しろ

ゲーム性やSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)のような社会性を兼ね備えた仮想世界は、生まれ育ったときから身近なところにインターネットがあった世代(デジタル・ネイティブ世代)には非常にポピュラーなものとなっている。このデジタル・ネイティブ世代にとっては、コミュニティツールとしての電子メールは「昨日のテクノロジー」という感覚があり、SNSや仮想世界によるコミュニケーションの形を楽しむようになっている。ここで言うデジタル・ネイティブ世代というのは欧米の子供達を念頭にしているが、日本で言われる1976年生まれの「ナナロク世代」よりずっと若い世代(8歳ー18歳程度)を指している。ちなみに、携帯大国日本の同世代の子供達は、携帯でのメールやモバゲータウンのようなコミュニティサイトが主要なコミュニケーション手段となっている。

インターネットのトラフィックを世代別などに分析している調査会社ヒットワイズ(hitwise)のデータによれば、これらデジタル・ネイティブ世代が好む仮想世界は、ルネスケープ(runescape)が断トツに人気で、それに続いて、ウェブキンズ(webkinz)、ネオペッツ(neopets)、クラブペンギン(clubpenguin)、ガイアオンライン(gaiaonline)などと続く。ヒットワイズが公表している月別アクセスのデータを見ると、5月から8月(夏期休暇)、11月下旬(サンクスギビング休暇)、12月下旬(クリスマス休暇)にアクセス数が多く、学校が休みになると仮想世界で楽しむデジタル・ネイティブ世代が増えることが分かる。

ルネスケープは、1000万人以上のアカウントを発行しているイギリス発のMMORPG(多人数同時参加型オンラインPRG)であり、カスタマイズ可能なアバターを使って、他のプレイヤーやモンスターとの対戦をしながら王国を練り歩くというゲームである。

ウェブキンズは、カナダのギフト提供企業であるガンズ(Ganz)が販売する現実世界のぬいぐるみと連動している点が特徴だ。ぬいぐるみのラベルに添付されているスペシャル・コードを使って、ウェブキンズ・ワールドというサイトにアクセスすれば、仮想世界の中で現実と同じぬいぐるみのアバターを使って遊ぶことができるサービスである。これまでに2百万個以上のぬいぐるみが販売され、ウェブキンズ・ワールドに百万人以上のユーザーが登録していると言う。

仮想世界にデジタル・ネイティブ世代が集まってくるのであれば、同世代を顧客として注目する大企業が目を付けないはずはない。2005年6月に米メディア大手バイアコム(Viacom)は、仮想ペットのサイトを提供しているネオペッツ(Neopets)を1億6千万ドルで買収した。ネオペッツでは、サイト上で4匹までの仮想ペットを飼うことができ、ゲームプレイなどを通じて獲得できるネオポイントと呼ばれる仮想通貨を用いて、ペット用の食べ物やアクセサリーを購入する。ネオピア(Neopia)と呼ばれる仮想世界を探検したり、他のユーザーとの間でのコミュニケーション・ツール(掲示板、メール)も用意されている。

2007年8月には、ディズニーが、カナダのニューホライゾン・インタラクティブ(New Horizon Interactive)が運営するクラブペンギンを3億5千万ドルで買収した。クラブペンギンは、主に8歳ー14歳の子供を対象にしたサービスで、雪に覆われた街をペンギンのアバターに扮したユーザー同士がチャットやイベントの参加で楽しむ内容となっており、子供向けの優良インターネットサイトとしての評価が高い。

日本に限らず、欧米でも共通の問題であるが、どんなネットサービスがデジタル・ネイティブ世代に受けるのかというテーマは、十分に研究するに値するテーマである。次は、デジタル・ネイティブ世代が主役である。

IBMのInnov8が示す仮想世界利用の可能性

IBMは、セカンドライフなどの仮想世界に強くコミットしている企業の一つである。シアーズ(Sears)やサーキット・シティ(Circuit City)のような量販店と提携するに止まらず、独自のSIM(セカンドライフ内の島の単位)を持ち、サミュエル・パルミザーノ(Samuel Palmisano)会長自らのアバターも活躍している。

2007年7月には、セカンドライフを始めとする仮想世界で活動することを業務としている5000名以上のIBMの従業員に対して、仮想世界での行動規範(Virtual Worlds Guidelines 2007)を示したほどだ。

そして、IBMは、仮想世界を教育、研修用のツールとしても捉え、新たな利用方法の開発に取り組んでいる。2007年5月21日に、IBMは米フロリダ州オーランドにおいて同社の顧客やパートナー向けにSOA(Service Oriented Architecture、サービス指向アーキテクチャ)の発展をテーマにしたカンファレンス「インパクト2007(IMPACT2007)」を開催した。この場で、IBMは、ゲーム感覚で仮想世界の技術を教育・研修に活用する実証的な例として「イノベイト(Innov8)」を紹介し、話題を呼んでいる。

IBMは、56%の顧客がSOAの実行を妨げる最大の要素がSOA技術者のスキル不足であるとしている調査結果を踏まえ、ビジネスを横断的に理解し、かつ深い技術的な知識を持っているT字型人間を育成することが必要であると認識している。そこで、仮想世界を利用して、遊びのルック&フィールを兼ね備えたSOAの新たな教育の形として、対話型のSOAゲームである「イノベイト」を開発した(2007年9月公開予定)。

「イノベイト」のプレーヤーは、SOAが如何にして企業の組織に影響を与えるものであるかを、ジョイスティックの簡単な操作だけで自分の目で確かめることができる。また、社内でのSOAへの理解を深め、経営陣と企業内のIT部門とのギャップを埋めようとするものである。「イノベイト」の開発には、デューク大学とノースカロライナ大学の大学院生が共同開発し、年に一度の「IBM SOA事例研究コンテスト」で発表されたという背景がある。

IBMが「インパクト2007」で披露した「イノベイト」のデモは、コールセンターが舞台である。主人公は社内のさまざまな社員との会話や、社内に設置してあるホワイトボートに書かれた図などを頼りに、コールセンターの業務プロセスを可視化し、そこから問題を見つけて、あるべき業務プロセスをモデリングするという内容だ。つまり、SOAゲームと言っても、厳密にはBPM(ビジネス・プロセス・マネジメント)を理解させるためのツールである。

日本のビジネス界では、セカンドライフへの進出は、企業ブランド価値の向上や商品PRなどの即物的な意味で捉えられがちであるが、IBMの取り組みは、仮想世界が持つもっと大きな可能性を示してくれる。

セカンドライフを超えて

セカンドライフは900万人以上のユーザーを抱え、日本では企業の進出や新たなサービスの登場などますます熱い報道が続いているが、米国では、セカンドライフをやや冷ややかに扱う論調も見られるようになった。

2007年6月、米ビジネスウィーク誌は、「セカンドライフを超えて(Beyond Second Life)」という記事を掲載し、仮想世界のことをより研究している企業は、セカンドライフ以外の仮想世界の方が、セキュリティが高く、フレキシブルであることを理解し始めていると報じている。

例えば、米ウエールズ・ファーゴ銀行(Wells Fargo)は、2005年9月にセカンドライフに進出した「老舗」であるが、セカンドライフから撤退し、3D仮想空間プラットフォームを提供するアクティブワールド(Activeworlds)に依頼し、カスタマイズ可能な独自の仮想世界を構築することになった。その理由は、セカンドライフ内で 若者やテクノロジー好きのユーザーを引きつけ、銀行業務について情報提供するという目的が十分に果たせなかったという。

スタイリッシュなホテル設計に対してユーザーからのフィードバックを得ることを目的に、2006年夏にセカンドライフに華々しく進出したスターウッド・ホテル&リゾート(Starwood Hotels & Resorts)も、セカンドライフから撤退準備中だ。セカンドライフに進出してみて分かったことは、アバターは睡眠を取らないので、仮想ホテルというのが意味をなざず、また、アディダスやGMが靴や自動車をセカンドライフ内で販売するのと異なり、モノを販売する訳ではないので、あまりアバターの関心を引かなかったという。

セカンドライフを客観視し始めたのは、「老舗」だけではない。新参者のコカ・コーラは、セカンドライフ内で「バーチャル・サースト・コンテスト(Virtual Thirst Contest)を企画し、仮想空間の自動販売機の設計に関してアイデアを求めていたが(採用者には賞金50万リンデンドル)、2007年5月に閉鎖することになった。今や、コカ・コーラは、セカンドライフだけでなく、マイ・スペース(MySpace)やデリシャス(del.icio.us)やフリッカー(Flickr)やユーチューブ(YouTube)などのいわゆる他のウェブ2.0企業を通じても、自動販売機のデザイナーを見つけることができるのである。

セカンドライフ以外の仮想世界を選択する企業も増えている。ディズニー(Disney)は、世界最大の仮想世界であるハボ(Habbo Hotel)の製作企業であるフィンランドのスレーク(Sulake)の開発者を雇い、バーチャル・マジック・キングダムを製作するとしている。ハボは世界最大の仮想世界というだけでなく、米流通大手のウォールマート(Wal-Mart)やターゲット(Target)など、セカンドライフに進出していない企業が利用している。

リンデンラボ以外にも仮想世界の構築技術を提供する企業は多く、それぞれの特色をPRしている。ソフトウェア企業のフォーテラ(Forterra)は、軍事や医療関係者などに対して、これまで不可能と思われていた顧客訓練、共同作業の練習ツールとしての利用を呼びかけている。

ジョンソン&ジョンソン(Johnson & Johnson)やノバルティス(Novartis)などの大手企業を顧客に抱えるプロトンメディア(ProtonMedia)は、新製品の顧客へのPRや企業ブランド・イメージの構築用のツールとして、プロトスフィア(Protospheres)を提供している。

クワック(Qwaq)は、アバターどうしが議論し、同時に書類を吟味したり、VoIP(インターネット電話)を利用したりすることのできる3Dのオンライン仮想会議ツールを提供する。ヒューレット・パッカード(HP)やインテルもユーザーになっている。仮想世界のテクノロジーは、CtoC(ユーザーどうし)やBtoC(企業対顧客)ツールとしてだけでなく、ビジネス内での教育訓練やコラボレーション・ツールとしての利用も進んでいるのである。

2007年7月のLA Timesの記事でも、セカンドライフ内に進出した企業のSIM(島の単位)は閑散としており、メディアでブームになっているにも関わらず、セカンドライフへの進出を躊躇する企業が現れていると報道されている。確かに、セカンドライフを使ってみると、企業が作成するコンテンツの生真面目さ(正直あまり面白くない)や、SIMに一定以上のアバターが存在できないという技術的制約により、閑散としているという点は認めざるを得ない。
しかし、セカンドライフは、IT環境がさらに潤沢になるとともに発展する可能性を秘めており、また、仮想世界はセカンドライフだけでもない。一時的な現象だけで、将来を断定してしまうのは早計だろう。

新しい経済的なつながりを提供する仮想世界

セカンドライフは、仮想世界と現実世界に新たな形のつながりを作った。リンデン・ラボは、セカンドライフ内の仮想通貨リンデン・ドル(Linden Dollar)と米ドルとを交換できる変動為替相場制の市場「リンデックス(LindeX)」を公式にセカンドライフの中に組み込んだのだ。つまり、RMTを仮想世界のアウトサイダーに任せず、むしろセカンドライフの中に取り込み、その為替手数料をリンデン・ラボの収入とすることに目をつけた。実際の仕組みとしては、ユーザーは、リンデン・ドルを購入する前に、クレジット・カードかペイパル(PayPal)自分のアカウントに米ドルのクレジットを作り、その米ドルの金額を上限としてリンデン・ドルの買い注文を出せば、リンデックス市場を通じてリンデン・ドルを売ろうとする住人との間で取引が成立する仕組みだ。

セカンドライフの他にも、仮想世界と現実世界をユニークな形で経済的につなげるサービスがある。スウェーデンのソフトウェア企業であるマインドアーク(MindArk)が提供する「エントロピア・ユニバース(Entropia Universe)」は、新たな惑星を開拓することを目的に、モンスターとの戦闘のほか、土地の所有や作成した商品の販売が行えるという、MMORPGの要素にセカンドライフ的な要素を加えたものである。マインドアークでは、仮想通貨「PED」と米ドルとの間で固定相場制(10PED=1米ドル)の通貨交換を公式サービスとして採用している。そして、マインドアーク内で貯まったPEDを世界中のATM(現金自動入金・自動支払機)から現金通貨で引き出せるデビッド・カード「エントロピア・ユニバース・キャッシュ・カード(Entropia Universe Cash Card)」も発行しているのだ。

また、2007年3月からは「ワールド・オブ・ウォークラフト(WoW)」を運営する米ブリザード・エンターテインメント、クレジット・カード運営元会社のVISA USA、ネブラスカ州の銀行ファースト・ナショナル・バンク・オブ・オマハとが提携して、「ワールド・オブ・ウォークラフト・リワードVISAカード(World of Warcraft REWARDS VISA CARD)」というクレジット・カードの発行が始まった。このクレジット・カードを使って現実の世界で買い物をすると、購入金額の1%相当額分だけWoWのプレイ時間を獲得できる仕組みになっている。

日本では、クレジット・カードやデビッド・カードより、「SUICA」や「Edy」などのICカード型電子マネーや、航空会社や家電量販店などのポイントカードの流通の方が盛んである。日本で今後登場する仮想世界の中には、これらの新しい「お金」を通して、現実世界とのつながりを持たせるサービスが登場するかもしれない。

仮想世界と現実世界を結ぶRMT

仮想世界と現実世界のつながりを感じさせるのは、仮想通貨と現実通貨の交換(RMT:リアル・マネー・トレーディング)である。例えば、MMORPG(多人数同時参加型オンラインRPG)の場合、 コツコツとゲームをプレイする時間がないユーザーは、 武器を購入するための仮想通貨やなかなか手に入らない希少アイテムを、手っ取り早く現実の金を払って手に入れたいと思う。一方で、ゲームに飽きたので、今まで貯めた仮想通貨や希少アイテムを処分したいと思うユーザーもいる。そこで、ネットオークションでRMTを行ったり、RMTを仲介する専門業者が現れ、仮想世界と現実世界をつなぐサービスが生まれるわけである。例えば、世界最大級の仮想通貨・希少アイテム売買サイトであるige.comが有名である。

現在の全世界のRMT市場規模は約20億ドルであり、2009年までに約70億ドルにまで成長するという見方もある。

しかし、仮想通貨の取得を巡っては、RMTで取引を仄めかしながらも約束を守らず詐欺行為をしたり、MMORPGの運営会社の社員が悪事を働くケースも出てきた。日本では、2006年7月にファンタジー系MMORPGのラグナロク・オンラインを運営するガンホー・オンライン・エンターテイメントの社員が、不正にサーバにアクセスして仮想通貨のゼニー(Zeny)を勝手に複製・売却し、多額の利益を得ていたという事件が起こった(逮捕された理由は、RMT行為ではなく不正アクセス)。
中国最大のMMORPG運営会社であるシャンダ・インタラクティブ・エンターテインメント(Shanda Interactive Entertainment)でも同様の事件があった。仮想通貨を勝手に作成し、約26万ドルの利益を得ていた同社幹部らに対して、2007年3月に横領の罪で最高5年などの刑が言い渡された。

また、犯罪ではないが、RMTを巡っては、長時間ゲームをプレイして仮想通貨を稼ぐことを生業とする人たちや、海外からアクセスしてオンラインにより出稼ぎ的行為を行う「ゴールド・ファーマー(Gold Farmer)」と呼ばれる組織化された集団が現われたりしている。米ニューヨークタイムスは、中国の南京のような地方に住む若者達は、今や割の合わない農作業はせずに、24時間2交代制でワールド・オブ・ウォークラフト(WoW)を長時間プレイして仮想通貨を稼ぎ、RMTで現金化する姿を報道している。

今では、ほとんどのMMORPGがその利用規約(Terms of Service)においてRMT行為を禁止したり、あるいは「仮想通貨自体に過度な価値を与えない」「一定レベルのアイテムになると他人に譲渡できない仕組みにする」などの設計上の工夫をしたりしている。また、米イーベイ(eBay)は、2007年1月にMMORPGのアイテムなどの取り扱いを禁止した。しかし、MMORPGやオークションサイトの外でRMT市場がある限りは、RMT行為がなくなることはない。日本をはじめとするほとんどの国では、RMT自体を法的に禁止していないからだ。

しかし、RMT市場の規模が大きくなってきた中国や韓国では、RMTに対して厳しい措置がとられつつある。
中国の2006年のRMT市場規模は約9億ドルにも上り、そのうち45%がQQコインによるものだと言われている。QQコインは当初、QQ.comの中だけで通用する仮想通貨であったが、2006年にQQ.comを運営するテンセントとは別のオンライン・ゲーム会社がQQコインを支払い手段として採用したことにより、QQコインでCDや化粧品を購入できるサイトが出現したり、オンライン麻雀で儲けた分をQQコインで受け取ることで賭博禁止の法律を迂回するギャンブラーが現れたり、さらには人民元とQQコインとの交換を行うRMTサイトも多数登場した。必ずしも所得が高くない地方在住の人たちの目には、QQコインのRMTは非常に魅力的なビジネスに映った訳だ。

事態を重く見始めた中国政府(文化部など14の省庁)は、中国人民銀行とともに、2007年2月に共同声明を発表し、中国人民銀行がRMTを今後厳しく取り締まっていくことを表明するという事態になった。これを受けたテンセントは、ユーザー間でのQQコインのやり取りを制限するなどの対策をとることになった。

2006年のRMT市場規模が約8,300億〜9,000億ウォンと言われている韓国では、ゲーム産業振興法の改正により、2007年5月からRMTに対して厳しい措置がとられることになった。法律により対応することになった背景には、「海物語」というパチンコ台の改造版が賭博好きな人の射幸心(当たりを願う気持ち)をいたずらに煽ったことが殺人傷害事件などの社会問題となり、ゲーム自体に対する大衆が抱くイメージが悪化したことがある。
この法律は、具体的には、不正な手段によって取得した仮想通貨やアイテムを現金と交換したり、交換を斡旋したりする行為が規制の対象になっている。これには、個人というよりも、正常ではない方法(例えば、不正にコピーする自動プログラムであるボットの利用)で仮想通貨を生産することを生業としている者を取り締まりたいという意図があるようだ。

仮想世界いろいろ

セカンドライフというのは、今や第2の人生を指す言葉ではなく、米リンデン・ラボ社が運営する3D仮想世界を指すことが多くなった。今日現在(2007年8月)、900万人のユーザー数を抱えるまでに成長している。これは、日本の経済誌がセカンドライフに進出する企業の事例を取り上げ、普通のビジネスマンが口にするようになったからである。確かにセカンドライフは、従来のMMORPG(Massively Multiplayer Online Role-Playing Game:多人数同時参加型オンライン・ロールプレイング・ゲーム)とは異なり、シナリオのないユーザーどうしのコミュニケーションを楽しむことが出来、UGC(ユーザー生成コンテンツ)の考え方を徹底し、現実世界では実験が難しいことを3Dシミュレーションとして視覚的に見せることも可能だし、米ドルとリンデン・ドルとのRMT(リアル・マネー・トレーディング)をセカンドライフの中に予め組み込んでいるし、リンデン・ドルを介したeコマース(電子商取引)やリアルな世界のeコマースとの連動をしているというような、様々な特徴を同時に満足しているという意味で注目すべきサービスだと言えよう。従って、ビジネス界でもセカンドライフの白紙のキャンパス(何もない島)にどういう絵を描いて企業価値を高めようかということで、議論がつきないという状況になっている。SIM(セカンドライフの土地の単位:シミュレーションの略)に出店することでの企業ブランドのプロモーション、プロトタイプ製品のデモンストレーション、社員教育、社員間のコラボレーションなど、多くの活用事例が報告されている。

そもそもこのような仮想世界は、SF作家のニール・ステファンソンが1992年に著した「スノークラッシュ」という小説の中で取り上げられているメタバース(Metaverse)が基になっている。「仮想世界=セカンドライフ」と捉えられがちであるが、世界を見渡せばもっとユーザー数の多い仮想世界サービスがある。例えば、フィンランドのスレーク(Sulake Corporation)が2000年から運営しているハボ・ホテル(Habbo)は、2007年7月現在、32カ国・地域で7800万人ものユーザーを抱えるチャットルームとオンラインゲームで構成される仮想世界である。MMORPG系の仮想世界としては、2007年7月時点で900百万人のユーザーを抱える世界最大のワールド・オブ・ウォークラフト(World of Warcraft)や、ソニー・オンライン・エンターテインメントが提供するエヴァークエストⅡ(EverQuestⅡ)などがある。そして、MMORPG以外の仮想通貨の使われ方として有名な仮想世界は、ペンギンのマスコットで有名な中国のテンセント(Tencent)が運営するQQ.comである。QQ.comは、 1億6千万人以上のユーザーを 有し、インターネット・トラフィック量の世界トップ10サイトの中にいつもランキングするほどの人気サイトで、インスタント・メッセンジャー(IM)上に表示されるアバター(化身)を飾るためのアイテムを取得したり、携帯電話用の着メロをダウンロードしたりする際にQQコインという仮想通貨が使われている。

このように仮想世界といっても、セカンドライフのような自由空間系、ワールド・オブ・ウォークラフトのようなMMORPG系、QQ.comのようなコミュニケーション系などのサービスがあり、それぞれに特色をもっている。